福岡地方裁判所小倉支部 昭和61年(ワ)333号 判決 1988年12月15日
反訴原告
亀田勝治
反訴被告
大西長衛
ほか一名
主文
一 反訴原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、反訴原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 反訴被告ら(以下「被告ら」という)は、反訴原告(以下「原告」という」に対して連帯して金三四五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文一、二項同旨の判決
2 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年九月一七日
(二) 場所 北九州市小倉北区末広一丁目一番二一号先交差点
(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(北九州四〇ち八一三九)
運転者 反訴被告山口勝己(以下「被告山口」という)
(四) 被害車 軽四輪乗用自動車
運転者 船山美勝(以下「船山」という)
(五) 態様 右交差点において直進してきた加害車と被害車とが側面衝突しそうになつたが、船山がとつさにハンドルを切つたので衝突を免れた。
2 原告の受傷
原告は、本件事故のために昭和六〇年九月一七日から昭和六一年三月二六日までの間に実通院日数一七七日間の通院加療を要した第一腰椎陳旧性圧迫骨折、右足関節捻挫、右肩痛頸部痛の傷害を受けた。
3 責任原因
(一) 被告山口は、過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。
(二) 反訴被告大西(以下「被告大西」という)は、加害車の保有者であるから自動車損害賠償保障法三条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 休業損害
原告は、山口県小野田市の建設業扇組の相談役として一か月四五万円の収入を得ていたが、昭和五九年一一月二五日交通事故により傷害を受け、同日より昭和六〇年七月末日まで治療を受けていた。原告は、右事故による傷害が治癒して再び稼働しようとしていた矢先に本件事故にあい、同年九月一七日から症状の固定した昭和六一年三月二六日まで治療のために六か月一〇日間休業を余儀なくされたので、少なくとも一九五万円の休業損害を被つた。
(二) 慰藉料
原告が本件事故による受傷のために被つた精神上の苦痛に対する慰藉料は、一五〇万円を下らない。
5 よつて、原告は被告ら各自に対して不法行為による損害賠償請求権に基づき三四五万円及びこれに対する不法行為成立の日の翌日である昭和六〇年九月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の(一)は否認する。
同3の(二)のうち被告大西が加害車を所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同4の事実は不知。
三 抗弁
被告らは、原告に対して本件事故による損害賠償金として昭和六〇年一〇月七日五〇万円を支払つた。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、本件事故により第一腰椎陳旧性圧迫骨折、右足関節捻挫、右肩痛、頸部痛の傷害を受けた旨主張するのでこの点につき判断する。
1 本件事故の態様等
(一) 右争いのない事実に、成立に争いがない甲一号証、五ないし八号証、一〇号証、一三号証、原告本人尋問の結果及び調査嘱託の結果を総合すると、船山は昭和六〇年九月一七日午後一時二〇分頃原告を助手席に同乗して被害車(山口五〇う一〇七〇、車両重量五六〇キログラム)を運転し、国道199号線を北九州市小倉北区浅野方面から同区長浜方面に向かつて進行し、同区末広一丁目一番二一号先交差点を時速約三〇キロメートルの速度で通過したところ、被告山口が加害車を時速約四〇キロメートルの速度で運転して被害車の走行道路の左側道路から被害車側の道路に進路を変更しようとしたので加害車と被害車とが側面衝突しそうになつたこと、船山がとつさにハンドルを右に転把するとともに急制動措置を取つたので、被害車は約七・六メートル走行して時速約五キロメートルの速度に減速し、加害車と側面衝突をすることを免れたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 鑑定の結果によると、原告と船山の乗車した車両総重量約六八〇キログラム(車両重量五六〇キログラム+体重六〇キログラム×二人)の被害車が時速約三〇キロメートルで走行中急制動し、約五・六メートル進行して時速約五キロメートルに減速したときに乗員に作用する減速度は、約〇・三二G程度であること、自動車の減速度は、心地良い停車のとき約〇・二五G程度、非常に悪い停車のとき約〇・四五G程度であるから、本件の約〇・三二G程度の減速度は通常の運転における程度のものであること、走行中の車両を急制動させつつハンドルを右に転把した場合乗員の身体は慣性の法則により左前方にのめりその方向に障害物があればそれに衝突するものであることが認められる。
2 原告の治療経過
成立に争いがない甲一号証、三号証、九号証、一一号各証、乙一ないし四号証、証人蛭崎隆夫の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五九年一一月二五日交通事故に遇い山口県山陽町の山陽中央病院において第一腰椎圧迫骨折と診断されて同日より昭和六〇年三月八日まで入院し、その後同年七月四日まで通院して治療を受けていたこと、原告は、同年九月一七日本件事故に遭い、同日北九州市内の新栄病院を訪れ、腰部の痛みを訴えて蛭崎医師の診察を受けたこと、同医師は、原告の腰部のレントゲン検査をしたところ、第一腰椎陳旧性圧迫骨折の所見を得たこと、原告は翌一八日同医師に対して右足関節の痛み、同月二四日頃から右肩部から右頸部にかけての痛みを訴えたので、右足関節及び右頸部の各レントゲン検査をしたが、いずれも格別異常を認めなかつたこと、蛭崎医師は、第一腰椎圧迫骨折は本件事故によるものではなく、昭和五九年一一月二五日の交通事故によつて生じたものであると判断し、また右足関節及び右頸部にも原告の主訴を裏付ける他覚的所見を認めなかつたが、原告が右各部所の痛みを訴えたので原告の症状に対し第一腰椎陳旧性圧迫骨折、右足関節捻挫、右肩痛、頸部痛の診断を下し、原告に対して痛みを止めるために注射をするとともに薬を投与したこと、原告は、昭和六〇年九月一七日から昭和六一年三月二六日まで新栄病院に通院して治療したが、同日蛭崎医師から腰痛の自覚症状があるものの症状固定と診断されて退院したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
3 そこで、原告の主張について判断するに、右の1、2で認定した事情、すなわち、本件事故は自動車同士の衝突によるものではなく衝突を回避するために急制動による減速がなされたものにすぎず、交通事故と定義づけることさえ疑問の余地がある程度のものであること、原告に加わつた減速度は通常の運転において運転者に加わる程度のものであるから原告の受けた衝撃の程度は軽微なものと推認されること、被害車の運転者は右にハンドルを転把させているので原告が左方向に身体を傾けることはあつても右方向に身体を傾けることは物理学上考えられないこと、第一腰椎陳急性圧迫骨折自体は本件事故によるものではなく、腰部、右足関節、右肩及び頸部の痛みはいずれも他覚的所見の見られないものであることなどの本件事故の態様及びその程度並びに治療内容等の諸事情に照らすと、原告が本件事故により右足、右肩及び頸部に傷害を受け、また第一腰椎陳旧性圧迫骨折による腰痛を増悪させたと断ずることはできない。そうすると、蛭崎医師による第一腰椎陳旧性圧迫骨折、右足関節捻挫、右肩痛、頸部痛の診断は原告の主訴にのみ依拠した結果なされたものというほかなく、右診断でもつて原告主張のこれらの傷害を認めることはできなく、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。
三 以上の次第で、原告の反訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡泰行)